入院中の湖白(ノーウッド・グレン手術)
2004.3.1 (月) 発育リハビリ
■経口リハビリは今日まで
その後も湖白の様子を見続けてくれた経口リハビリの先生から“今日で終わりにしましょう”と話をされた。そして同時に“発育リハビリを知っていますか?”と聞かれる。
長いこと上を向いて寝ることしか知らずに過ごした湖白がどの程度発達してきているのか。そして遅れている部分はどのように補っていけばいいのか。それらを見ていくためのリハビリだという。2cm×5mmとまで小さくなった傷がくっ付けばうつぶせの練習も出来る。湖白がどのような所に位置するのか知りたいのもあり、早速医師にリハビリ希望の話をしてみた。(記事:浩未)
2004.3.2 (火)
■いろいろな検査
午後から耳の検査と脳波の検査が入り、ほとんど湖白は病室にいなかった。
明日からは離乳食が開始。湖白の反応が楽しみだ。(記事:浩未)
2004.3.3 (水) 初めてがいっぱい
■発育リハビリ開始
リハビリの先生が、急に時間が出来たから……と湖白をリハビリに誘ってくださった。湖白の成績は
・おもちゃを目で追う…○
・ 〃 手で握る…○
・ 〃 持ち上げる…×
・ 〃 振って音を出す…×
・うつぶせが出来る…×
・ 〃 で手を前に出す…△
・座位で体をぶらした時、
直そうとする動きがある…×
となり、先生の診断では約一ヶ月の遅れということだった。
■ひな祭りはお食い初め
運動の後は、生後164日目にして初の離乳食。おもゆとりんご果汁は、果汁の方が好みのようだった。お膳に“今日はひな祭り”と一言添えてあったのがとても嬉しかった。(記事:浩未)

いろいろ初体験の日
|
写真拡大|
----→
2004.3.4 (木) 酸素の説明
■在宅用の酸素に切り替わった
昼に酸素の支給元である帝人さんから説明があったことで、その時から湖白は病院の酸素ではなく、在宅用の酸素に切り替わった。湖白はこれから、医師の許可が下りるまでこの酸素をつけることになる。
今日の離乳食は終始シブイ顔。まだ、口に慣れないようだ。ミルクの飲みっぷりも良くなってきたので何とか離乳食も頑張ってもらいたい。

帝人さんの酸素
|
写真拡大|
----→

離乳食2日目
|
写真拡大|
----→
■皆さんのおかげで
皆さんのおかげで、湖白のベッド周りは賑やかです。
ありがたいありがたい。

早くしまわないと嫁に行き遅れます
|
写真拡大|
----→
2004.3.8 (月)
■もうすぐ
湖白は5126gと随分大きくなった。一度に150ccを飲み干し、傷もほとんど付いた。急に湖白の退院を間近に感じ始めた。(記事:浩未)
2004.3.9 (火) 退院の話
■いよいよ
会う先生が皆、湖白の退院の話をするようになった。退院と同時に埼玉に戻るのではなく、病院近くのアパ−トでしばらく生活してみるつもりであることを告げると、尚更退院の話は確実に近づいてきた。いつか埼玉に戻った時にかかる病院についてはいろいろ提案を頂いているが、最終的には絞り、紹介状を書いていただこうと思っている。(記事:浩未)

うつぶせで眠れるまでになったよ
|
写真拡大|
----→
2004.3.10 (水)
■いつでもリハビリ
傷が付いたので、私が一緒にいる時はいつでもリハビリ。
うつぶせをだいぶ嫌がらなくなってきました。(記事:浩未)

ずいぶん余裕です
|
写真拡大|
----→
2004.3.11 (木)
■準備
昨年9月29日には産院を退院し、実家に連れ戻るつもりでいた湖白との生活がいよいよ近づいた。
まだ寒さが続いている季節ゆえに、アパ−トにどのようなものを揃えておくべきかいろいろ頭をひねった。掃除や買い物に走り回り、とても忙しい一日となった。
真白はどんな気持ちなのだろう。妹との初めての生活。湖白にとっては日々刺激的なものになるだろう。(記事:浩未)