退院後の経過(記録)
2008.8.31 (日)
■お誕生日
今日は、9月2日がお誕生日のおばあちゃん(パパ方の)の為に、みんなで御祝いをしました。
料理を作って集合し、夜ご飯を一緒に。こども達から花束やお手紙のプレゼント〜
おばあちゃん、とっても嬉しそうでした。
いよいよ明日から新学期。
真白も湖白も元気に通えるといいなぁ。

ハッスル気味です
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お誕生日おめでとう!
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2008.8.30 (土)
■もうすぐ9月
今日、我が家に大きな宅急便が届きました。
知り合いが、新婚旅行先で買ってきてくれたタヒチビ−ル。
“われもの注意”の箱の中は、梱包材の発泡スチロ−ルがいっぱい。ふたりはそれが嬉しくって、長いこと工作にいそしんでおりました。
そんな我が家へ、私の両親が遊びに。
夏休み最後に、もう一度孫の顔が見たかったんだって。
土曜日の今日も半日仕事をし、その足で我が家まで来たくれた父。そんな父を助手席に乗せて、30km弱軽の車をかっ飛ばしてきた母。今日はありがとね。

湖白なんか、箱に入っちゃって
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2008.8.28 (木)
■おかえり〜
今日は、鹿児島で8泊9日という長い時間を過ごした真白が帰ってくる日。
21〜24日で一足先に帰ってきた湖白は、ここ最近毎晩夜になるとメソメソ……。真白に会いたい〜と泣いておりました。
真白が帰ってくる夜までの間、今日は私の友人のお宅へ。お友達もいるので、湖白も楽しく過ごせるんじゃないかと。
“貸して”“どうぞ”
が出来ないだ何だで、ちょこちょこケンカ&涙……。ゆっくり話をしたいのに、その仲裁に入って途切れてばかりでした。

食べてるときは静か??
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夜になって、雨が降る中真白が埼玉へと帰ってきました。迎えに行くと、鹿児島では、いろんなことがあって楽しかったよっ!という顔をした真白がいました。
預けていたお小遣いは、お友達へのお土産を買って、自分の分は買えなかったんだとか。何とも真白らしいです。
私としては、元気に帰って来てくれたその事でやっと安心したというか…。真白にとっては、とても大きな夏休みの思い出になったと思います。
お風呂に入り、まったりとした時間……。湖白は真白にべったり。
今夜は久しぶりにみんなで並んで寝ようね。

真白、おかえり
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2008.8.26 (火)
■そうめん南瓜
我が家は最近、茹でるとまるでそうめんの様にほぐれる南瓜にはまっています。
その名も
『そうめん南瓜』
(他には“金糸瓜”なんて呼び方も)
私は、自分が幼少の頃祖母が畑で作っていたことがあり、食べた経験が。あれから今までお店で見かけることもなく、存在自体を忘れかけていた所に、ふと先日、立ち寄ったス−パ−で見かけたのです。
南瓜が苦手なパパ。私が
『この南瓜ね、不思議なんだよ!食べさせてあげるね』
と手に取ると、嫌そう〜な顔をしたっけ。
けど、茹でてもシャキシャキで、南瓜なんて言われなければ分からないそのシャキシャキ感にパパは感激。酢の物にしてさっぱりいただくのが美味しいです♪
そんなそうめん南瓜の“ほぐし”を今日は湖白さんにお願い。
不思議なその物体に、興味津々の様子です。

みなさんも是非っ!
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2008.8.25 (月)
■疲れ
埼玉の涼しさにビックリ。鹿児島でも雨の日が続いたあいにくのお天気でしたが、涼しく感じるほどではなかったので……
本当に一気に涼しくなっていたようですね。私達が出発した後、グッと。
今日は1日しとしと雨が降っていたので、特に家事を急ぐことなく、湖白の体を休めるようにゆったり過ごしました。疲れが出てしまったようで、朝から微熱が続いています。
2008.8.24 (日)
■埼玉へ
早いもので、3泊4日の鹿児島も今日で終わり。埼玉へと帰る日となりました。

朝、こども達はお庭でスイカ割り
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湖白がとどめを
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たくさんのお友達が出来ました
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最後にみなさんにご挨拶に周り、鹿児島空港へ。
楽しくも忙しく、まるで合宿のようだった4日間。優しくしてくれた鹿児島のみなさんとまたしばらく会えないかと思うと、それがとても寂しくて……
鹿児島に到着した日、早速お墓参りに行った先で湖白がふと
『お墓のおばあちゃんがね、“またおいでね”って言ったよ』
って言いました。
嘘か本当かは分からないけれど、またきっと4年後、家族みんなで鹿児島に来ることが出来るなっ と思ったんです。
真白は両親と一緒に28日まで引き続き鹿児島滞在の予定。それまでちょっと寂しいけれど、先に帰ります。
お世話になったみなさん、本当にありがとうございました。
4年後、真白は6年生。湖白は3年生。また元気にお会いしたいです!

鹿児島空港にて
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この飛行機に乗ってきましたぁ
無事、羽田に到着です
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帰りの飛行機は、ほとんど眠って過ごしていた湖白。けれど着陸の際、気分が悪くなってしまったようで、ぐずって泣いて大変でした。
大人でも気分が悪くなったりしますよね…飛行機。湖白もきっと、辛かったんだと思います。
その後体全体にじんましんが。偶然なのかどうかは分かりませんが……。
何はともあれ、その後元気を取り戻し、無事自宅にたどり着けてやっと安心した私です。
2008.8.23 (土)
■御一行様〜
夕べは、一晩中ザ−ザ−降り続いた雨と、停電までしたほどの激しい雷のせいで、数時間の睡眠。あっという間に朝ですぅぅ。
今日は親族全員で観光バス一台を貸し切り、7:45出発で海へ。バスの正面には『○○家御一行様』と書いた紙がありました。
2時間ほどバスに揺られ、到着した海は白い砂浜。湖白は海が怖くて、しばらくは海水を引いたプ−ルで地味〜に遊んでいました。

海水プ−ルでバシャバシャぁ
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真白は大張り切りで海に入ったものの、やはりこの季節……くらげに刺されて痛い思いをする羽目に。それでも海が楽しかったようで、遊び続けていましたが。

くらげにも負けず
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海辺の宿の大広間を貸し切って、お昼はまたもみ〜んなで食事。食後はそれぞれ温泉につかり、またバスに乗って帰りました。
夜は夜はでまたもみ〜んなでバ−ベキュ−大会。
けれど、湖白にはハ−ドなスケジュ−ルだったので、これは参加せず別荘に残ることに。子供も多く、湖白もついつい頑張ってしまうことが予想されたので、始めから参加しない方法で湖白を休ませることにしました。
埼玉ではあまり経験しないような激しい雨が続いた中、みんなで海に出ていた間だけ晴れたという絶妙なタイミング。そのおかげで今日も予定通り、楽しく過ごすことが出来ました。
2008.8.22 (金)
■大集合
今日は、52人もの親族が大集合。亡きおじいちゃんおばあちゃん(パパにとって)2人から広がった家族の輪を、そのもの凄い人数で思い知った1日でした。
私達埼玉組と、栃木、大阪、岡山組。それぞれが家族を連れ、飛行機で鹿児島へ……。4年に一度のこの日に合わせて13回忌法要をし、そしてその後広間でテ−ブルを並べ、用意してくれた料理を戴きながらの時間を過ごしました。
いろいろな言葉が飛び交う空間。心地よい大阪弁、私には聞き取れなかった鹿児島弁。でもみんなが繋がっているのだと思うと、8年ぶりに、そして何より元気な湖白を連れて鹿児島に行けたことが、本当に嬉しく思えました。

女の子だけでもたっくさん
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湖白のことでは、本当にたくさんの方々に心配をかけてばかりでした。私に出来ることは、そんな湖白の様子をハガキで知らせることくらいで……。
湖白の写真を印刷したそのハガキの数々を、全て壁に貼っていてくれたおじさん・おばさん。湖白の顔を見るなり涙を流して歓迎してくださいました。
心に残った1日……
明日は親族みんなでお出かけです。
2008.8.21 (木) 初飛行機
■鹿児島へ
昨日、パパ方の両親と一緒に一足先に鹿児島へと向かった真白を追いかける形で、今日飛行機に乗って鹿児島へ。
パパ方のおじいちゃんの生まれが鹿児島で、4年に一度、オリンピック開催の年に親族がみ〜んな本家である鹿児島へ大集合するっていうのが、長年続いているしきたり。
前回2004年の集合は湖白のことがあって行けなかったため、私は2000年生後4ヶ月の真白を連れて行ったっきり。8年ぶりの鹿児島でした。
唯一気がかりだったのは、湖白の体調 ただそれだけ。病院の先生には飛行機は問題ないと言われていたものの、東京タワ−などの高速エレベ−タ−で具合が悪くなる湖白を思うと、私は不安で不安で……
そんな心配をよそに、湖白は初めての飛行機にテンション上がりっぱなし。ヘッドホンから流れる子供向けの放送を聞いてみたり、ジュ−スをもらってみたり。心配しすぎて、私の方が具合悪くなりそうでした↓↓↓。

元気ならいいの。元気なら
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■鹿児島には、おじいちゃんが数年前に購入した温泉付きの別荘があり、今回滞在の間はそこに宿泊の予定(今夜だけは旅行のパックで航空券を取った関係で、霧島のホテルに一泊)。
こども達は1日に何度もその温泉にジャッポ〜ンっ!何とも贅沢な限りでした。

絶景の温泉です
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2008.8.20 (水)
■真白、今日から28日まで鹿児島へ
2008.8.18 (月)
■おにぎり
お昼、真白が自分でおにぎりを作る!と張り切り、昆布を真ん中に詰めたおにぎりを一生懸命作っていました。
それを見ていた湖白も
『欲しい〜〜♪』
おにぎりって、お茶碗によそって食べる以上の量を食べちゃうもんですね。
そんな湖白は、目尻を蚊に刺されてプクゥっと赤く腫れ上がり、それがだんだん広がってきてボクサ−の試合後のよう。
おつかいで連れて歩いていたら、周りの人が湖白と私を見ること見ること。違うわよ〜っっ、虫さされですからぁぁぁ!!!

お兄ちゃんが作ったおにぎり美味しいね
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なんだか凄い顔です
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2008.8.16 (土)
■大詰め
真白の宿題は、いよいよ大詰め。
近所のこども達も同じ状況なのかしら。全然ピンポ−ンとやって来ません。
湖白は湖白で、メロディオンの練習が宿題として出ていますが、ほとんど興味が持てない湖白にとっては、練習させること自体がとても大変。ちょっとでも音が出せれば
『もう、ちゃんと練習したもんっ!』
ってな具合です。
夜、お風呂から上がってからもドリルの宿題をしていた真白の隣で、湖白がお絵かき。それが楽しそうで加わってしまった真白。また明日に持ち越しちゃいそうです……

いっしょに絵を描こうぜいっ
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2008.8.15 (金)
■宿題
20日から鹿児島へ行く真白。ということは、それまでに宿題をやってしまわないとなりません。
日頃あまり勉強のことをあれこれ言わずに済んでいた真白ですが、今回の夏休みはまるで別人のよう。まんがに出てくるおかあちゃんのように、私も毎日『宿題やんなさぁ〜い!』と言っていたような……
とうとう追いつめられてきた真白は、実家に来てもなお宿題に追われる羽目に。創意工夫で、“中心が出せるものさし”を作ると決めたものの、なかなか形に出来ず苦戦していました。
周りの後押しもあり、今日一気に前進。材料を買いに行き、初めてのヤスリかけ。始めたら始めたで楽しい部分もあったようです。
さてさてそれがどう出来上がっていくのか……

とりあえず紙で予行練習
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じいちゃんにアドバイスしてもらいながら
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2008.8.14 (木)
■ポニョ
今日は午前中、親戚の所へお線香あげに周り、午後からは私の両親と一緒に『崖の上のポニョ』を見に行きました。
予め私がネットで予約をして行きましたが、湖白が障害者手帳を持っていることで、私は1800円のところ1000円で見られるとの事。何度もネットでの予約を利用してきましたが、今まで見落としていました……
両親はシニアで1000円ずつだし、とてもお得に映画を見た感じです。
116分の映画、飽きちゃわないかなぁ……と心配していましたが、今までで一番よく見ていたんじゃないかな。目線が子供で、ただ純粋に楽しく、おもしろかったようです。真白も満足げでした。

夜は2人、ぴったりくっついて就寝……
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2008.8.13 (水) 実家へ
■お盆
今年はお盆もパパが仕事なので、子供を連れて2泊3日、私の実家に行くことにしました。
私の実家の方では、昔ながらのお盆の時間が流れ、今日13日は迎え盆。提灯をもって家へとご先祖様を連れ帰る日です。
私が嫁いだ先は、その土地にお墓がないため、こども達は迎え盆の経験がありません。今年はたまたまタイミングが合ったので、子供用の小さい提灯を用意し、祖母達と一緒に迎え盆を初体験しました。
私の両親とこども達は久しぶりの対面。私が尋ねていってもあんなには喜んでもらえないけれど、やっぱり孫には会いたいんでしょうね〜。
真白のために、トマトを収穫せずに待っていてくれた母。それが嬉しくって穫りながらその場で食べる真白。2人でバッタを追いかけて遊んだり、実家の庭に2人を放しておくだけでいい環境は、本当にありがたいものでした。

今年のトマトは細長いぞっ
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ほら、バッタがいた!
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2008.8.12 (火)
■わ〜い
幼稚園から持ち帰っているあさがおの鉢。
今日は一度に3つも花を咲かせました。
湖白、嬉しかったんですって。一緒に写真を撮ってあげました♪

つぼみがいっぱい!楽しみだね
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2008.8.10 (日) ハイポ大集合
■しあわせな1日
今日は、湖白と同じ左心低形成症候群を持って生まれ、大変な時期を一緒に過ごしてきた長野こどもでの同期4人とその家族、全19人で大集合しました。
“毎年一度は会いたいね”
と話をしつつ、6月のカテ入院で顔を合わせたときからこの日の計画を開始。そして体調を崩すことなく予定通りにみんなで会うことが出来ました。
場所は長野県安曇野。
主治医の先生から提案していただいた場所がありましたが、少し遠いという事で次回以降に行くことに。今回はみんなでバ−ベキュ−をしてお昼にし、その後水&川遊び、温泉、と少しずつ場所をかえて夕方まで楽しみました。

み〜んなでバ−ベキュ−
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こども達だけで11人
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いす取りゲ−ムをして遊びました
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同期とあって、私達母親の抱える気持ちはほぼ同時進行。話題もぴったりなので、とても心地よいのです。
こうしてみんなと話が出来ることがどれだけ嬉しいことか。弟妹が増え、賑やかになって再び会えることがどんなに幸せなことか。
今日も、こども達をパパに任せ、私達はいろいろと話をしました……

みんなで集合写真
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ちょっと振り返ってみたくなりました…

2005年4月
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2006年5月
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2007年8月
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そして今年……
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埼玉では考えられない水のきれいさ。ちひろ美術館敷地内の水路は、氷水のように冷たかったです。近くの川で遊んだこども達はずぶ濡れ。そのまま温泉に立ち寄り、みんなでひとっ風呂。そして名残惜しいまま“またね〜〜っ!”と別れました。

みんなで水遊び
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私達一家はそこから一路埼玉へ。高速では渋滞にはまることが予想されたので、出来る限り一般道で帰ろうじゃないか!と初の試み。
約4時間かけて、初めての山道やトンネルにワクワクしながら帰ってきました。
今日朝、家を出たとはとは思えない充実した1日。
本当に、しあわせな1日でした。
2008.8.8 (金) 外来−埼玉
■埼玉医大へ
今日は、埼玉医大総合医療センタ−へ“てんかん”の脳波検査を受けに行ってきました。
初めて痙攣を起こして倒れた昨年の10月6日。その後すぐに脳波の検査をして“てんかん”と診断されました。その時以来2度目の検査です。

フラフラして危ないので、
始めからバギ−で病院入り
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8:35〜10:30に検査予約、その後診察と続く長い予定の今日、朝の渋滞も考えて早めに家を出発。そのため何とか予約時間の5分前に到着出来、大泣きの採血の後、いよいよトリクロを14ccほど飲んで眠ることになりました。
まずいトリクロは、味を知ってる湖白にはとても嫌なものだった様子。結局1/3ほどは吐いてしまい、涙目。追加をもらわなくちゃか……と迷っていたところ、あっという間にスヤスヤ眠った湖白によしよし!!と思っていた所……
『眠りましたか!』
と部屋に入ってきた先生の声で目覚め、それを見た先生の
『あぁ、まだ眠ってませんかぁ』
の一言でトドメ。
『今まで眠っていたんですぅ↓↓↓』と私……
その後また眠らせ、ボタンを押して先生を呼ぶと、他の検査の人がいるからとか何とか…あっちの部屋に移動、こっちへ移動…と、その度に起きる湖白。結局その後トリクロを追加しようだなんで事になり、せっかく暗い部屋で眠るよう頑張ってきたのに、フラフラした湖白を抱いて別の階まで追加のトリクロをもらいに行かされたり……すっかり ぱっちり バッチリお目覚めぇぇぇ。
3ccほど追加を飲み、抱っこし続けて再び何とか眠らせ(この辺りで私はすでにお疲れ)、最終的に検査が始まったのは始めのトリクロから2時間以上経ってから。予約の意味があったのか、本気で“?”。
薬で眠らされている湖白の寝息を聞きながら検査に立ち会う私は、何だかとっても複雑でした。

やっと検査が始まりました
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フラッシュのような光を激しくあて、
その反応なども見ているようです
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検査結果は、以前頭の前方から両横にかけて広い範囲でてんかん波がでているのが確認されたものの、今回は頭の後ろの部分からの物しか見られなかったようです。
けれどそれがどうだという事ではないらしく、たった30分ほどの抜粋に過ぎないので、検査以外の時間ではまた以前と同じ波が出ているかも知れず、評価は難しいようなのです。
デパケンの血中濃度は72。以前11月に調べたときは、52(50〜100ならOK)でした。10月以来発作が出ていないので、薬はこのまま据え置きの量で飲むことになり、今後の計画としては、
・発作を起こし、てんかんと診断された時点(昨年10月)から3年間は薬を飲み続ける
・3年後、発作は一度も無かったけれど、脳波にはてんかん波が認められている場合はもう2年薬を飲んで様子を見る
・そしてその2年後、計5年間発作が一度もなく、脳波の異常も認められなくなっていれば、薬を徐々に減らしていく方向で調節を始める
・3年後の時点で、発作は一度もなく、脳波の異常も認められなくなっていれば、薬を徐々に減らす方向で調節を始める
とのお話しでした。
やはり、長く付き合っていく病気なんですね。トリクロの余韻でフラフラ&お腹も空いて超不機嫌な湖白を抱き、そんな思いで先生のお話を聞きました。
まずは発作が起きないようにすること。それが一番大切。先日の夜中流血騒ぎのせいで、頭の前方からは何の反応もなかったのかしら……。頭って未知だなぁ。
2008.8.6 (水)
■お仕事
今日は、こども達を連れて仕事に行きました。本当はこどもを連れて行かない方がいいに決まっていますが、そんな訳にも行かず……
真白は静かに宿題をして待っていられますが、湖白は当然私の周りでちょこちょこ仕事の真似を。
大事な物こそ目に付いちゃうんですね……。
『こはくぅ〜〜、それはダメよぉぉ〜』
ばかりで仕事は捗らず……
また明日、出直します。

事務員気取りの湖白
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2008.8.4 (月)
■夜中の流血
日付が今日になってからの夜中、湖白の流血騒ぎがありました。
真白と湖白の寝相はいつもにも増して悪く、何となく私の足の先の方に気配を感じていた夜中のことでした。
家族全員が並んで寝ている我が家は、布団が並べてある中をゴロゴロと派手にこども達が寝返りを打ち続けます。今夜は特に寝苦しかったのかな……
ゴツッ
と、鈍い音で瞬時に目が覚めた私。その次の瞬間から湖白が大泣きしました。
あららぁ、と思いつつ、大泣きしてのども渇くだろうと私は麦茶を取りに立ち、パパが湖白を抱き起こすと……
『ママっ!流血してる!!電気付けて!!!!!』
すぐに電気を付けると、湖白は顔面・おでこが血だらけ。布団にも涙と混ざった血が大きく広がっていました。
ぶつかった家具に少し血が付いていたので、ここだっ!と分かったものの、湖白の何処にそのキズがあるのかが分からず……。ワ−ファリンを飲んでいるせいもあり、血はどんどん出てくるしで焦る私達。と、おでこの生え際から血が滲み出ているのを発見。ここだっ!と止血を始めました。
しばらくして血が止まり、何とか大丈夫になったものの、湖白は血だらけ。夜中だし、痛いし、眠いし、訳分かんないし、と不機嫌にもなるし、その後の方がとっても大変でした。
血だらけの頭を何とか軽くでもシャワ−で流してあげたいと思ったけれど、断固拒否のためタオルで拭くに留まり、その後医大の夜間救急に一応電話を入れ、処置をどうしたらいいのか、連れて行く必要があるのかどうかを聞いたり何だり……
結局、良く消毒をし、テ−プで傷口を寄せるように貼るよう指示され、真白がぐうすか眠る横で私達2人、処置に奮闘しました。
湖白を寝かせ、いろいろと後始末をしていたところ、べったり血が付いてしまった布団のシ−ツ、洗面台で水洗いしていたら、あっという間に跡形もなくきれいになっちゃってびっくり。抱きかかえたパパのTシャツに付いた血もきれいに。これってワ−ファリンのせいなんでしょうか……
私は結局、その後布団に戻っても何だか目が覚めちゃって寝付けず、空がだいぶ明るくなってから少しだけ眠った夜でした。

キズからは想像できないくらい
血が出ました
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何とか処置終了
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2008.8.3 (日)
■お祭り2日目
昨日は仕事で参加できなかった我が家のパパも、今日は朝から法被を着て大張り切りでお祭りへ。
厳しい暑さの中、今日も楽しい1日を過ごしました。
湖白は、金魚すくいを初体験。
かわいい金魚を2匹持ち帰りました。
小学生達を追いかけて遊んだこの2日間で、またたくましくなっちゃったかな?湖白さん。
2008.8.2 (土) 夏祭り
■お祭り
今日と明日は、自治会の夏祭り。
私は、真白が小学校に上がって以来何かしらの当番があり、やきそばの屋台を任されるパパとはまた別の形で、お祭りに参加するようになりました。
今年は“アイス売り”
近所を練り歩く御輿や山車。真白は小学生みんなでこども御輿を担ぐため、早々に出て行きましたが、湖白は厳しい暑さを考慮して、自宅近くまで来た列に参加。それでもあまりの暑さに、かなり疲れた様子でした。
私のアイス当番の間は、ご近所の方が湖白や真白を見ていてくれることに。この土地に住んで10年が経ちますが、本当に周りの方々はいい方ばかり。こどもを安心して預けられる方がいてくれて、本当にありがたかったです。

ワッショイワッショイっ!
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夜はみんなで花火をしました
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